広がり続ける世代内格差
- dad-k1
- 2017年7月4日
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格差社会
人は生まれながらにして格差がある。いくら綺麗ごといっても、実際に生まれつき足の速い人間とそうでない人間がいる。頭の良し悪し、体格の良し悪し、顔の良し悪し、性格の良し悪し、環境や本人の努力で幾分かは修正できるかもしれない。だが、元々持っている者が、同じく努力すると永遠にその差は埋まらない。
貧富の格差についても、歴史上平等だった例がない。唯一の例外として、戦争で社会資本が徹底的に破壊され、戦後復興のために農地解放や、9割にも及ぶ財産税を課税したときには、皆が貧しくなったなったため、ある程度平等な世の中となった。決して明るい時代ではなかったが、皮肉にも貧富の格差は縮まった。
そして戦争がなく、豊かになったこの国の貧富の格差は、ジリジリと広がってきているし、恐らく今後はさらに広がり続ける。
なぜかというと、相続できる者と、それが相続できない者とに二極化されるからだ。これまでの社会は子供が多かったので、相続できる財産も分配されることで、資産形成にあまり影響がなかった。
例えば、5千万円の財産(相続税納付済み)を5人で分ければ1人あたりは1千万円にしかならないが、一人っ子だと5千万円をそのまま相続できる。妻も同じく5千万円の相続があるとすると、5人兄弟同士の夫婦の場合は合計2千万円しか相続できないが、一人っ子同士の夫婦の場合は1億円も相続できることになる。
老後に必要な資金が約1億円と言われているので、一人っ子同士の夫婦の場合は1億円を相続でき、年金がどんなに減額されようが十分やっていける。それくらいに格差が生じるわけである。
もし社会保障制度がなかったならば、必ずしも一人っ子が有利とは限らない。5人兄弟同士の夫婦の場合は、合計10人で親4人の老後を看ることになるが、一人っ子同士の夫婦の場合は夫婦2人で親4人の老後を看る必要がある。
そうなれば、いくら相続が多かったとしても、老後を看るという負担が大きいために、決して恵まれているとはいえない。しかし、実際は社会保障制度があるので、高齢者の面倒は社会全体で看ることになっている。
つまり、兄弟が多い場合は、1人あたりの相続額が減少し、一人っ子の場合は、相続を独り占めできる。それに対して、社会保障費の負担額はどちらも変らない。
また、兄弟が少ないほど進学の際の選択肢が広くなる。大学進学は当然の選択肢であり、小学校から私立校、多くの習い事、留学など多額の費用の掛かることでも、無理なくできるようになる。
その社会の不公平さを生みだしている歪な制度を、合法的に、合理的に利用すれば、できるだけ一人っ子にする方が、より恩恵を受けられやすい。さらにいうと、子どもを設けないことこそが経済的にもっとも合理的な選択となる。(それでも不妊治療などで多額の費用を費やすのは、人の選択は経済的合理性だけが絶対的な基準ではないことを示している。)
貧富の格差が広がり続けると、社会が不安定になり、革命や戦争へと突き進みやすくなる。あるいは、米国のように極端な主張をするリーダーを求めてしまう。そうなる前に、社会保障制度の受益の不公平を無くし、貧富の差を拡大しないようにしなければならない。
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